
壁-ひだ-のはじまり
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begining of folds

日本的な空間というと、桂離宮に代表されるように、柱と梁による開放的で透明性のある空間が一番に想像されると思いますが、その評価を認めつつもその貴族的な形式の一方で、町人や商人のための大衆的な住居である長屋に見られる「筒的」な空間構成も日本には存在します。これは桂離宮のような柱梁による線的な空間構成ではなく、西洋の組積構造による箱的な空間でもなく、間口面を都市に開いた筒状の空間です。
京都の長屋に至っては、正面から通り庭を抜けて裏の坪庭まで光と風が動線と共に抜ける、正に筒的な空間を構成しており、正面の街の活気と坪庭の閑静な空間をつなぐ場所が筒状になった住居部分になっています。そこには、夏の暑い表通りと涼しい裏の坪庭の温度差により、風の流れを住まいに取り込む工夫があります。空間の広がりを演出するため正面に突き出した表側の出窓の子壁から始まり、幾重にも重なった障子による段階的に閉じられては開かれる住居部分の共有壁を抜け、裏側の坪庭の塀へと続いていく、というように壁はその有り様を徐々に変えつつ住居の表と裏を結んでいます。
そこには安部公房の著書「壁」の一節にある「ふと壁が見えなくなりました。物質からメタフィジカルなものに消えていったのでした。」という表現のように、壁は物理的な囲いから始まり、遂には知覚の内外をも突き抜け自然の中、あるいは己の中に無限に広がって伸びていきます。
『壁のはじまり』とは都市と自然をつないでいる長屋の筒的な住居空間のように、筒状の連続する壁の中で両者を距離感や透明度、壁配置などで適度に結ぶための「包み」の在り方を問うものです。それは全面ガラス張りのように大胆に開く全方向的な開放性ではなく、筒の入口と出口を結ぶ向きをもった指向的な開放性をもった筒状空間です。全方向的な窓が散漫な景色を見せるのに対し、指向的な窓は端正な景色を見せてくれることがあります。壁に沿った動線計画は一方向的で明瞭なものとなり、また風や光、音などの通り道を兼ねることで、人々の動きと環境の流れが同居した快適な場所となります。筒はどこからともなくはじまる壁によって輪郭づけられては導かれていきます。
All Photo by HASHIMOTO TSUYOSHI
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